一つの民

メッセージ

 神と主イエス・キリストの僕であるヤコブが、離散している十二部族の人たちに挨拶致します。

(ヤコブの手紙1:1)

 「仕え合う」との年間教会主題となり、ヤコブの手紙の連続講解説教を今日からスタートします。私もこの手紙に取り組むのは初めてです。

 まず、概要をお知らせします。著者はヤコブ。このヤコブはヨセフとマリアから生まれたイエス様の弟です。宛先は、多くの国々に散らされているユダヤ人クリスチャン。この手紙が書かれた背景には、ユダヤ人クリスチャンの多くが、主イエスを信じないユダヤ人によって迫害されていた状況があります。ヤコブは、どのようにして困難に立ち向かい、クリスチャン生活を送るべきかについて、彼らに書き送った訳です。

 手紙の構成は以下の通りです。

①挨拶(1:1) ②信仰の試練(1:2-18) 

③神の言葉の実践について(1:19-2:26)

④共同体における不和の問題(3:1-4:12)

⑤罪について(4:13-5:12)

⑥罪人のための祈り(5:13-20)

 信仰を持つ人は、どのように生きるべきなのか。ヤコブの手紙の主要なテーマであるこの問いに答えることは、決して簡単ではありません。しかしヤコブは、積極的に大胆に踏み込んでいきます。

 この書の鍵ともいうべき聖句は「御言葉を行う人になりなさい。自分を欺いて、聞くだけで終わる者になってはいけません。」(1:22)ですから、示されたことに従って生きたいと思うところです。

 今日の挨拶で心に留めたいのは、「離散している十二部族の人たちへ」と言っているところです。散らされている民が一つの民と言われている根拠は何でしょうか。国籍、性別、民族、年齢差、様々な多面性を持ちつつ、けれども一つの信仰告白によって結び合わされている一つの民。それがキリスト教会です。今朝の聖書日課で詩編100編を読みました。「知れ、主こそ神であると。主はわたしたちを造られた。わたしたちは主のもの、その民 主に養われる羊の群れ」(3節)と告白されているように、確かに主によって集められ、作られた一つの集団。そうした神の民として、私たちキリスト教会は形成されているのです。

 抽象的な表現でなく、地上に生きる者としての具体的なことが示されています。主イエスの肉親であるヤコブにしか書けない「聖さを具体的に見る」体験があります。ヤコブは生まれた時から兄イエスの姿にそれを見てきました。この手紙を学び、実践する意味はそこにもあります。イミタチオ・クリスティ(キリストに倣う)のです。主よ、そうさせてください。