人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
(マタイ福音書7:12)
今年度の教会主題は「仕え合う」です。上記の主題聖句が役員会で決定され、4月の年度スタートから礼拝において唱和されています。
実は、祈り、賛美、仕えるの教会主題を3年ごとに回しながら、前回もこのマタイ7:12を候補に選びましたが、結局選ばれませんでした。今回、牧師が隠退する最後の年に、この聖句が選ばれたのは意義深いことと感じました。そこで今年度は、ヤコブの手紙の連続講解説教に取り組むことに致しました。信仰に伴う行動が出来るように励まされましょう。
また、従来の日本的な考え方は「己の欲せざる事、人に施す勿れ」でした。しかし、主イエスは積極的に「人にしてもらいたいと思うことを何でも、人にしなさい」と告げます。それを喜んで受けとめたいと思います。
さて。私たちは「人にしてもらいたい」と思うこと、たくさんあるかと思います。家族に期待すること多いですよね。理解してほしい、ねぎらって欲しい云々。また人との交わりの中でも、自分を正当に評価してほしい、自分を信頼してほしい等々、次々と出てきます。
問題はその次です。「それと同じ事を相手にしなさい」とあります。うーん。はたと行き詰まります。そうです。私たちは、自分の話を聞いてほしいのですが、他の人の話を聞くことはなかなか出来ません。自分のことで頭がいっぱいになって、他の人のことはどうしても後回しになりがちです。自分が不当に扱われたと抗議の声をあげますけれども、立場が逆になると他の人の気持ちなど意に介しません。どこまでも自己中心なのです。どうしたらよいでしょうか。
そして驚くべきことは、この聖句の後半で「これこそ律法と預言者である。」と主イエスは言いきります。行動の規範、黄金律と呼ばれています。
そのヒントが、12節の前にある「求めなさい。そうすれば、与えられる」(7節)の言葉です。私たちが求めがちなのは、物だったり、状況の好転だったりします。けれども、「みこころにかなった生活」も求めてよいのですね。だからこそ、自分の手には負えない時に、神さまに助けを求めていくのです。私たちを創造してくださり、愛してくださっている方へ期待をこめて祈るのです。私たちに「求めなさい」と言ってくださる方がいらっしゃるから、求めるのです。創造主を頼っていいのです。神さまを神さまとする、神さまに仕える基本姿勢がそこにあります。
自己中心で罪深い私たちい、赦しと恵みを与えてくださいました。ですから、私たちもその大きな憐れみを覚えて「私の心を愛で満たしてください。」「他の人の気持ちがわかる人間になれますように」と求めましょう。天の父はその求めに答え、黄金律を行う力を私たちに与えてくださいます。
本気で祈り続けましょう。神さまのみこころにかなうことを。
