あなたがたの中で苦しんでいる人は、祈りなさい。
(ヤコブの手紙5:13-15)
ヤコブは「ことばの問題」を重視しています。前回のところでは、「安易な誓いをするな。」と教えられました。今回は「祈りと賛美」にことばを用いるように、と勧めています。以前3章10節で「同じ口から賛美と呪いが出て来る」そのようなことがあってはならない、と教えられました。その教えをもう一度ここで強調しています。
13節は対になった表現です。「苦しい時には祈り、喜びの時には賛美」です。祈りや賛美は「良い行い」の最たるものです。
詩編50編14-15節にはこう書かれています。「告白を神へのいけにえとしてささげ いと高き神に満願の献げ物をせよ。それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」苦難の時に祈り、主の助けを得て、栄光に導かれるさまが記されています。
賛美に関して、ヘブライ人への手紙13章15節を見てみましょう。
「だから、イエスを通して賛美のいけにえ、すなわち御名をたたえる唇の実を、絶えず神に献げましょう。」とあります。祈りも賛美も、私たちが神さまにお献げする最上の献げ物なのです。苦しいときに祈る。嬉しいときに賛美する。私たちの人生は自分だけのものではないのですね。神さまが私たちの人生と共に歩んでくださり、関心をもってくださり、折々に私たちの思いを共にすることを願っておられるのです。そうしたことを、私たちが祈りと賛美を重ねることによって確認していくのです。神さまは私たちと思いを分かち合い、関わりを深めたいと願っておられるのです。
祈りの役割はそれだけではありません。14節では「祈ってもらいなさい」とあります。祈りは神さまとの個人的な交わりという面だけでなく、人との交わりを生み出すものなのです。祈りによって人を癒やし、罪ある人の罪を赦すことが出来るからです。さらにこの箇所では、「オリーブ油を塗り」とあります。何か魔術的なことを語っているわけではありません。医学的な治療法の少ない時代にあって、病気の治療法の一つとしてオリーブ油を塗ることがあったのでしょう。また祈りは奇跡を起こしますが、通常の医学的な治療法と合わさって、癒やしをもたらすことが通常の祈りの答えでしょう。祈ることで悔い改めに導かれ、赦しへとつながっていきます。祈りは、祈る私たちの側の何かの力によって応えられるものではありません。祈りに応えてくださるのは神さまご自身です。
私たちの口を祈りと賛美のために用いましょう。また祈り合うことによって、信仰者同士の交わりも健全なものにしていきましょう。祈りと賛美に応えてくださる神さまの御力を私たちの人生に迎え入れましょう。