わたしの愛する兄弟たち、よくわきまえていなさい。だれでも、聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。人の怒りは神の義を実現しないからです。だから、あらゆる汚れやあふれるほどの悪を素直に捨て去り、心に植え付けられた御言葉を受け入れなさい。この御言葉は、あなたがたを救うことができます。
(ヤコプの手紙1:19-21 )
今日の御言葉は、まさに私自身に直接向けられたメッセージだと思わざるを得ません。性格ゆえか、私は聞いたらすぐ反応します。だから話すのに遅いどころか、たちどころに口から言葉が出てしまいます。口から出た言葉は元に戻らず、人間関係において失敗ばかりしていたのも事実です。
人生の後半において心がけておりましたのが以下の「あおいくま」です。
あ あせるな
お おこるな
い いばるな
く くじけるな
ま まぁ、いいか
生きる上で喜怒哀楽を感じる場面で、自分の能力と期待されることとのギャップで焦ってしまいがちです。けれども年と共に衰えていくのは自然のこと。また焦って転んだりしたら大変です。だから焦らずに生きていく。
怒るな、そうですよね。(私は若い頃「瞬間湯沸かし器」というあだ名を頂戴しておりました。でもカッカするエネルギーも枯渇してきまして、70代後半は、だいたい平穏にすごしています。)
威張るなも重要なことと、肝に銘じております。
くじけるな、は私たち高齢者において案外大切なことではないでしようか。出来ないことで、早々に諦めて暗澹たる思いで過ごしてしまいがちです。けれども、神さまに愛されている私たちには、私たちにしかできないこと、また神さまから期待されていることがあるはずです。もぉどうでもいいやと思うのではなく、自分の使命に生きる喜びを再確認したいもの。
最後の「まぁ、いいか」で、ずっこけた方もいるかもしれません。しかし、いろいろな場面で努力しても実らず、どうにもならなくなったとき、いったんすべてを神さまに委ねてしまうのも大切です。そして、「まぁ、いいか」と感じることが出来れば、ゆったりと生きられるはずです。
けれども一番に「聞くのに早く」と勧めているのは、「御言葉を聞く」ことに早くあれ、ということを覚えておきましよう。神さまが語りかけてくださることばに耳を傾けるのです。私たちの人生は、誘惑や試練に出会います。怒りを生み出すことにも出会います。けれども、怒ってしまうと、神さまが正義を執行なさるのをストップさせてしまいます。ひとまず静まって息を整え、耳を澄ませ、私たちを成長させ、救いの完成に導く神さまの御言葉に自分自身を委ねることをしようではありませんか。ハレルヤ!
