イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。もし、わたしの国がこの世に属していれば、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、部下が戦ったことだろう。しかし、実際、わたしの国はこの世には属していない。」そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」ピラトは言った。「真理とは何か。」
(ヨハネ18:36-38)
ピラトから尋問を受けるイエス様。「御前がユダヤ人の王なのか」との問いに対し、この地上の王ではないと否定します。神の国の王として、毅然とした態度でピラトの尋問に対します。「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」と答えます。イエス様は、御自分の心に真理の支配を打ち立てられました。そして、神の前に正しく、清らかな心で生きたいと願う者は、みなこぞってイエス様に従ったのです。
イエス様は、どのようにして御自分の中に、真理の支配を実現したのでしょう。荒れ野で悪魔から誘惑されたとき、イエス様が決して誘惑に屈しなかったことを思い出してください。イエス様は御言葉をもって、悪魔の誘惑と戦い、自分自身の心を守り抜きました。空腹や厳しい荒れ野の自然にさいなまれながらも、イエス様は自身の心に真理の支配、「神の国」を打ち立てたのです。
真理に生きる人は、自分の心の中だけでなく地上にも真理を実現して行きます。社会の片隅に追いやられ、苦しんでいる人たちがいれば、出かけて行って、「神様はあなたを愛している」と告げずにはいられません。また思い上がって悪事を働く人たちには悔い改めと謙遜を説かずにはいられません。そうした行動の結果、イエス様は十字架につけられました。それは敗北に見えますが、実は勝利でした。暴力に対して力で立ち向かうことによっては、決して平和が実現することはないとわかっていましたので、イエス様はその真理に従ったのです。
真理による支配は、一日で実現できるものではありません。悪魔の誘惑は日々私たちに攻撃をしかけてくるからです。「あの人だけは、何があっても絶対にゆるせない」とか「悪いとはわかっているけれども、このくらいならまぁいいだろう」というような考え方が私たちの心にやってくる時こそが、決戦の時です。悪魔は、怒りや憎しみを掻き立てたり、欲望に訴えたりして、真理の支配を崩壊させようとします。
心に真理の支配が実現すると、私たちは真理を生きる人になり、この世界に真理を実現してゆく人になります。王であるイエス・キリストに従って、私たちも、地上に「神の国」を実現するための戦いに参加できるよう祈りましょう。「主よ、私はあなたの羊です。あなたの声に聞き従います。」