ペリシテ人は、祭司たちと占い師たちを呼んで尋ねた。「主の箱をどうしたものでしょう。どのようにしてあれを元の所に送り返したらよいのか、教えてください。」彼らは答えた。「イスラエルの神の箱を送り返すにあたっては、何も添えずに送ってはならない。必ず賠償の献げ物と共に返さなければならない。そうすれば、あなたたちはいやされ、神の手があなたたちを離れなかった理由も理解できよう。」
「はれ物の模型と大地を荒らすねずみの模型を造って、イスラエルの神に栄光を帰すならば、恐らくイスラエルの神は、あなたたち、あなたたちの神々、そしてあなたたちの土地の上にのしかかっているその手を軽くされるだろう。なぜ、あなたたちは、エジプト人とファラオがその心を固くしたように、心を固くするのか。神が彼らを悩ませたので、彼らはイスラエル人を行かせざるえなくなり、イスラエル人は去って行ったではないか。」
(サムエル記上6:2-3、5-6)
神の箱を置いたことでペリシテ人の町々に、災厄が起こりました。そこで、神の箱を元の所に送り返そうとなり、占い師たちに返還方法を尋ねました。彼らは金の品物を雌牛の鞍袋に入れ、その牛車の上に神の箱を載せて送り返す方法を提案しました。これによって、迷信的不安を静め、幾分か残っていた疑い(これらの災厄には、本当にイスラエルの神の働きがあるのだろうかという疑問)をも晴らそうとしたのでした。罪過の為のいけにえが動物でなく、金と考えるのも異邦の民の特徴ですね。
占い師たちは、出エジプトの歴史を少なからず知っていたようで、その方法はすぐに実行されました。また、牛車の牛についても、まだ乳離れしていない子牛を持つ2頭の雌牛に引かせ、どこへ行くかは牛に任せてみようとなりました。そして、子牛のところに行きたいという本能に逆らってまでイスラエルの地に向かうなら、この災厄がイスラエルの神からのものと断じ、そうでないなら、これは偶然起こったものだと結論づけようとしてのです。結局、2頭の雌牛は、子牛恋しさから鳴きながらも、子牛の方には行かず、右にも左にもそれずにベト・シェメシュに通じる一筋の道をまっすぐに進んで行きました。これによって、一連の災厄は主の手によるものであったことが誰の目にもはっきりと分かりました。
ベト・シェメシュの人々は神の箱が返還されたのをみて、たいそう喜びました。主に感謝のいけにえを献げました。しかし、神の箱の扱いには慎重を期さなければなりませんでした。うっかりのぞいてしまった70人は、打たれて死にました。ここでも神の箱は脅威となります。今更ながら、聖なる神の御前に恐れおののき、自分たちでは神の箱を見守る責任を負いきれないと考え、十数㎞離れた所に住むキルヤト・エアリムの住民に、その務めをゆだねることを決意しました。そうしてキルヤト・エアリムの地に神の箱は20年間安置されました。
神の箱に関して、敬虔な態度でこれに近付くことが求められました。
私たちの信仰生活においても「神さまを神とする」ことが大切です。