日本キリスト教団常陸大宮伝道所
三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。

(ヨハネ21:17-19)

 復活なさったイエス様が、ペトロ達に会いに来た場面です。ペトロをはじめとする弟子達は先生がいらっしゃらないので、以前の仕事である漁師に戻って、漁をしておりました。ところがその夜は何もとれなかった、とあります。一生懸命に働いたのに収穫はなんにもない、そういうこともあるのです。つまずいたり失敗したりして無一物で帰って行かなければならない岸辺があります。その岸辺に主イエスは立っていてくださいます。私たちを迎えるために。人生には失うことによって初めて得ることが出来る出発点というものもあるのです。 けれども夜が明けた頃、岸辺にいた人が「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」と言うのです。そこで網を打つと、引き上げられないほど魚がとれました。この場面はルカ福音書5章の大漁の場面を思い起こさせるものです。そこで岸辺にいた人が、主イエスであることを弟子達は悟りました。そして主イエスはとれた魚で共に食事をしました。主は私たちを招いてくださり、日ごとの糧でもって養ってくださるお方です。私たちは、食べて満ち足り、安心して生きていけるのです。 その後、ペトロに質問を投げかけます。それも同じ質問を三度も! ペトロが三度目に悲しんだのも、よくわかります。あの大祭司の庭で三度もイエス様を知らないと言い張ったのですから。しかし、主イエスはその罪を責めることをいたしません。ただ「わたしを愛しているか」とその一事だけを問います。救い主の受難、十字架、復活、あの一連の出来事は、まさしく躓くペトロのためであったことが分かっているならば、それで良いと言われるのです。本当に自分のしたこと、その弱い自分の為に主がなしてくださったこと、それらを分かっているならば、ただただ感謝するほかないのです。「主よ、感謝します!」その思いをもって、ペトロは羊を養うことが出来るのです。主を愛する人は、主から委ねられた他の人を養い育てることが出来るようになります。このイースター、私たちもまた主から託された羊がいることを覚えたいと思います。「主よ、あなたを愛し、託された羊を愛することが出来る者としてください。」と祈りましょう。

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